「たまや〜」「かぎや〜」花火の掛け声の由来
花火が開くと聞こえる「た〜まや〜!」の掛け声。あれ、何の意味だろうと気になって調べてみました。正体は江戸時代の花火屋さんの名前。しかもライバル同士だったんです。
掛け声は花火屋の「屋号」だった
「鍵屋(かぎや)」と「玉屋(たまや)」。どちらも江戸時代に、隅田川の「両国川開き」で花火を打ち上げていた花火屋の屋号(お店の名前)でした。
観客が、贔屓のお店の花火を「いいぞー!」と応援する掛け声。今でいう「○○さーん!」みたいなノリだったんですね。
古いのは鍵屋のほう。創業は万治2年(1659年)、日本橋横山町にお店を開いたのが始まりと伝わります。
花火大会のはじまりは「慰霊」だった
両国の花火、じつはもともと追悼の行事として始まっています。
享保17年(1732年)、大飢饉と疫病で江戸に大勢の死者が出ました。その慰霊と悪疫退散を願って水神祭が開かれ、翌年の川開きから花火が打ち上げられるように。これが今の隅田川花火大会、ひいては全国の花火大会のルーツなんだそうです。
ちなみに当時の打ち上げ数は一晩20発ほど。今とは規模が全然ちがいます。
番頭さんが独立して、ライバル誕生
掛け声が生まれたのは、もう少し後。
文化年間(1808年ごろ)、鍵屋の腕利きの番頭だった清七さんが、のれん分けで独立。「玉屋」を名乗りました。
- 両国橋の上流を玉屋、下流を鍵屋が担当
- お客さんがお金を払って花火を上げさせる
- 開いた花火がどっちのお店のものか、川の上から「かぎやー」「たまやー」と叫んで知らせた
この「どっちの花火か伝える声」が、掛け声の直接のはじまりです。
なぜ「鍵」と「玉」なの?
そもそもなんで鍵と玉なんだろう、と思いませんか?私はここが一番おもしろかったです。
答えはお稲荷さんにありました。
稲荷神社の入り口にいる一対のキツネ。よく見ると、片方が「鍵」を、もう片方が「玉(宝珠)」をくわえています。鍵屋さんが信仰していたお稲荷さんのキツネ、その口にあるものがそのまま屋号になったというわけ。
火薬を扱う商売なので、安全祈願だったのかもしれません。「花火屋は何れも稲荷の氏子なり」という古い川柳も残っているそうです。
つまり玉屋と鍵屋、名前の時点でもう「一対」だったんですね。
玉屋は、たった一代で消えた
天保14年(1843年)、玉屋は花火の製造中に火を出し、町を半町ほど焼いてしまう大火事を起こします。しかもその日は将軍が日光へ出発する前日。罪は重く、玉屋は江戸所払いとなり、花火屋としては一代で断絶してしまいました。
それでも江戸っ子は、玉屋の花火を惜しんで「たまや〜」と叫び続けたとか。
橋の上 玉屋玉屋の 声ばかり なぜに鍵屋と 言わぬ情(じょう=錠)なし
鍵に「錠」をかけた洒落。玉屋びいきへのぼやきが、ちょっと笑えて切ないです。今でも「かぎや」より「たまや」をよく聞く気がするのは、この名残なのかもしれません。
まとめ
花火の掛け声「たまや〜」「かぎや〜」は、江戸時代にライバルだった二軒の花火屋の屋号でした。鍵屋が先輩で、のれん分けで玉屋が独立。両国橋をはさんで技を競い合ったことから、どちらの花火かを伝える掛け声が生まれました。鍵と玉という名前は、お稲荷さんのキツネがくわえる鍵と宝珠が由来。玉屋は火事で一代きりで消えてしまいましたが、その名は今も夜空へ響いています。今年の花火は、ちょっと見方が変わりそうです。
参考: